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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)174号の1 判決 1975年3月18日

原告 高橋進

被告 荒川税務署長

主文

原告の昭和三九年分の所得税について、被告が昭和四〇年一一月一七日付でした更正及び過少申告加算税の賦課決定のうち、総所得金額一三〇万四四二八円をこえる部分を取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「原告の昭和三八年分及び同三九年分の所得税について、被告が昭和四〇年一一月一七日付でした各更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二原告の請求の原因

一  原告は、肩書地で製靴業を営むいわゆる白色申告者であるが、被告に対し、昭和三九年三月一二日、昭和三八年分の所得税について、総所得金額を五七万〇二五〇円(内訳、事業所得金額四二万六二五〇円、配当所得金額一四万四〇〇〇円)とする確定申告をし、次いで昭和四〇年三月一二日、昭和三九年分の所得税について、総所得金額を八五万九〇〇〇円(内訳、事業所得金額六八万五〇〇〇円、配当所得金額一七万四〇〇〇円)とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四〇年一一月一七日付で、右昭和三八年分所得税の総所得金額を二七四万七八五二円(内訳、事業所得金額二六〇万三八五二円、配当所得金額一四万四〇〇〇円)とする旨の更正(以下「三八年更正」という。)及び過少申告加算税二万九五五〇円の賦課決定(以下「三八年決定」という。)並びに右昭和三九年分所得税の総所得金額を二二〇万七七三八円(内訳、事業所得金額二〇九万一六六八円、配当所得金額一七万四〇〇〇円、譲渡所得金額△五万七九三〇円。△は赤字を示す。以下同じ)とする旨の更正(以下「三九年更正」という。)及び過少申告加算税一万八二五〇円の賦課決定(以下「三九年決定」という。なお、以上の各処分を合わせて「本件処分」という。)を行つた。

これに対して、原告は適法な異議申立手続を経て審査請求をしたところ、東京国税局長は、昭和四二年七月一七日付で本件処分のうち、昭和三八年分について審査請求を棄却し、昭和三九年分について、総所得金額を二〇〇万二〇四一円(内訳、事業所得金額一八八万六一九六円、配当所得金額一七万四〇〇〇円、譲渡所得金額△五万八一五五円)、過少申告加算税を一万四九〇〇円とする旨の一部取消しの裁決をした。

二  しかしながら、本件処分は、次のとおり、その手続に違法があり、かつ、所得を過大に認定したものであるから違法である。

1(一)  本件処分に先行して被告の職員が行つた原告に対する調査は、原告申告にかかる総所得金額が過少であると認めるべき合理的理由がなく行われ、しかも昭和三九年については、申告期限が未到来であつたにもかかわらず行われたものであるから、違法である。

(二)  税務職員は、調査のため質問検査権を行使するに当たつては、調査の理由及び質問検査の必要性を相手方に開示しなければならないが、本件処分前の調査において被告は、原告方に臨店し質問検査を行おうとした際、原告から調査の理由ないし質問検査の必要性を問われたのにこれに答えず、自ら調査を打切り、直ちに取引先の反面調査に移つたものであるから、該調査は違法である。

したがつて、右違法な調査を前提とする本件処分は、更正の手続的適法要件を欠くものであつて、違法である。

2  被告は、原告の加入する荒川民主商工会の組織破壊を目的として、税務調査に名をかりて原告の所得調査を行い、本件処分をしたものであるから、右違法な目的をもつてした調査及び本件処分は違法である。

3  原告の昭和三八、三九年分の各事業所得金額は、原告の申告額をこえるものではない(なお、三八年中の配当所得として一四万四〇〇〇円が存したこと、三九年中の配当所得として一七万四〇〇〇円、譲渡所得として△五万八一五五円が存したことは争わない。)から、三八年更正のうち確定申告にかかる総所得金額五七万〇二五〇円をこえる部分及び三九年更正のうち裁決により維持された部分で、確定申告にかかる総所得金額八五万九〇〇〇円をこえる部分は、被告の過大認定であつて、本件処分は違法である。

三  よつて、本件処分の取消しを求める。

第三請求の原因に対する被告の認否及び主張

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一の事実は認めるが、同二の事実は争う。

二  被告の主張

1  本件調査の理由及びその実施の経緯等について

(一) 被告の職員が、昭和三九年一一月一六日原告の事業の概況等の把握のため原告方に臨店したところ、次の事項が明らかとなつた。

(1) 売上先は、ダイアナ靴店及び山崎商店であること

(2) ダイアナ靴店への同年一月ないし八月の売上金額は、一〇九七万七〇〇〇円であること

(3) 同年五月に車輛マツダフアミリアを四〇万円で購入したこと

(4) 同年中に家屋を改築し、その資金として一〇〇万円を要したこと

(5) 東京都から一四〇万円の資金を借り入れ、毎月四万五〇〇〇円を返済していること

(6) 雇人は六名であること

(7) 原告の昭和三八年及び同三九年の営業規模、営業状態等は、ほぼ同様であること

ところで、原告の昭和三八年所得税確定申告書には、所得金額の記載のみがあつて収入金額、必要経費等の記載がなく、当該所得金額がどのような根拠に基づいてどのように算出されたのか全く不明であつたので、被告は原告の同年分及び昭和三九年分の所得金額を調査することにした。

そして、昭和四〇年二月一七日に被告の職員が原告に対して行つた臨店調査(右調査において、原告は、職員の質問に一部分答えるとともに、営業関係書類の一部と認められる大学ノート二冊とその売上先であるダイアナ靴店関係の伝票等を提示したものの、その他の帳簿、原始記録は未整理であるとして提示しなかつた。)に基づいて原告の右両年分の事業所得金額を一応算定したところ(なお、この間に原告は昭和三九年分の確定申告書を提出した。)、原告の申告にかかる所得金額は、いずれも右調査所得金額に比べ極めて低額なものであり、また、原告と同規模程度の同業者と比較しても低額であつたので、原告の右両年分の所得につき更に詳細な調査を実施することとし、被告の職員において、昭和四〇年八月五日以降五回にわたり原告方に臨店し調査したが、後記2の(一)のような経過であつたので、取引先への反面調査を行い、一部推計により本件処分をしたものである。

以上のとおり、本件処分前の調査は、原告の所得を正確に把握し、課税の公平を保つためにされた適法なものであつて、右調査及び本件処分は、原告の加入する民主商工会とは関係がなく、その組織の破壊を目的としたものでないことは明らかである。

(二) 税務調査を、いつ、どのような方法で行うかは、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているのであるから、暦年終了前又は確定申告期限経過前といえども法律上許されないものではない。原告のような会計帳簿の作成義務のないいわゆる白色申告の納税者については、一般に適正な確定申告書の提出は必ずしも期待できず、また所得金額の計算根拠となる諸資料は散逸しがちであるので、右資料等が比較的保存されている確定申告期限前において調査を行うことも必要である。

(三) 質問検査権を行使するに当たつて、調査の理由及び質問検査の必要性を開示することは、法律上一律の要件とされているものではなく、また、本件において反面調査を実施したのも、後記のとおり、被告の職員が原告方を訪れた際、民商会員らが調査を妨害し、原告も非協力の態度を示したため、やむなく原告自身に対する調査を打ち切らざるをえなかつたからである。

2  所得金額の計算根拠について

原告の昭和三八、三九年分の事業所得金額は、それぞれ三一七万七一〇二円及び二三〇万六六七〇円であるから、その範囲内でされた三八年更正及び三九年更正のうち裁決により維持された部分に過大認定の違法はない。

(一) 被告の職員が、昭和四〇年八月六日原告方に赴いて昭和三八年分及び同三九年分の事業所得金額算出の基礎となつた収支明細を質問したのに対して、原告は昭和三八年分については帳簿等関係書類はない旨申し立て、同三九年分については、収入及び仕入明細の一覧表を提示し、必要経費については雇人費、外注費及びその他の経費の合計額を提示した。そこで、職員は、更にこれらの内訳を明らかにするため原始記録等の提出を求めようとしたところ、突然民商会員ら一二、三名が来て、口々に「何で調査に来たのだ」などと云つて調査を妨害し、それ以後は原告も被告職員の調査に協力を拒んだため、職員は、やむを得ず原告方への臨店調査を打ち切つて取引先に対する反面調査を行い、売上金額等の把握に努めた。その後、原告は、本件処分の異議申立てに対する調査に際して、昭和三八年分について単に各項目の総額を記載した書面を提出したことがあり、また、審査請求に対する審理に際しても、売上、仕入については各取引先別、経費については費目別、給料及び外注加工費については各支払先別に金額を記載した一覧表を提出したが、協議官がその内容を検討したところ、仕入及び営業経費については、証拠が一部分不足していたり、資料が全くないものもあつて、各項目について的確な数額を把握することができず、たな卸についてその明細を尋ねてもこれを明らかにしなかつた。さらに、雇人費については、異議申立ての際に提出した書面の記載金額と審査請求の際に提出した書面の記載金額とに著しい相違があり、到底その内容を信ずることはできない。そこで、被告は、本件においては調査により得られた資料から一部推計により原告の両年分の事業所得金額を算出せざるをえないものである。

(二) 昭和三八年分事業所得金額三一七万一〇二円の算出の根拠

(1) 売上金額 二三〇八万八四四二円

売上先、売上金額は、別表一の被告主張額欄記載のとおりである。

なお、審査請求の審理に際して、原告は、特定の売上先(ダイアナ及び山崎商店)以外の売上を「その他」売上として一二五万円であると申し立てたが、被告の調査により、右その他の売上のうちに大奥製靴株式会社分の売上一〇一万七九〇〇円が含まれていることが判明したので、原告の申し立てたその他の売上一二五万円からこれを差し引いて、別表一の<5>「その他」の売上金額を二三万二一〇〇円としたものである。

(2) 所得金額三二五万〇八五二円(所得率 一四・〇八パーセント)

仕入金額その他営業経費等について正確な実数を把握することができなかつたところ、原告の営業の実体は、昭和三八、三九年ともさしたる変化がなく、ほぼ同様の営業状態と認められたので、原告の後記昭和三九年分の売上金額二四九四万一九九〇円から仕入金額、一般経費及び特別経費を差し引いた別表四の<14>の金額三五一万三六六〇円の右売上金額二四九四万一九九〇円に対する比率一四・〇八パーセントを昭和三八年分に適用し、これを右(1)の売上金額に乗じて算出した。

なお、原告は、同年中に貸倒金一〇六万円があつたとして東和商事有限会社(以下「東和商事」という。)の引受けにかかる為替手形の不渡りを主張するが、右手形金債権が回収不能となつたのは昭和三七年中のことであつて、その貸倒損失を昭和三八年分の事業所得の計算に算入することはできない。すなわち、東和商事が昭和三七年五月初めに手形不渡処分を受けるや、同月同社の債権者は直ちに債権者集会を開き、債権についての配当率を定めて分配し、そこで東和商事は債権者一同から残余の債権放棄を得たうえで同月一五日解散登記を行つたのである。

(3) 事業専従者控除額 七万三七五〇円

(4) 事業所得金額   三一七万七一〇二円

右(2)の所得金額から(3)の事業専従者控除額を控除した金額三一七万七一〇二円が原告の昭和三八年分の事業所得金額となる。

(三) 昭和三九年分事業所得金額二三〇万六六七〇円の算出の根拠

(1) 売上金額 二四九四万一九九〇円

売上先、売上金額は、別表二の被告主張額欄記載のとおりである。

なお、原告は、審査請求の審理に際して、特定の売上先(ダイアナ、村井商事、三馬製靴、大奥製靴及び東京山崎商事)以外の売上を「その他」の売上として六〇万円であると申し立てたが、被告の調査により、右その他の売上のうちに篠崎商店分の売上四五万三三〇〇円が含まれていることが判明したので、原告の申し立てたその他の売上金額六〇万円からこれを差し引いて、別表二の<8>「その他」の売上金額を一四万六七〇〇円としたものである。

(2) 仕入金額 一三六一万四九四〇円

仕入先、仕入金額は、別表三の被告主張額欄記載のとおりである。

なお、同表<18>について、リーダー機械からの機械購入費六万四〇〇〇円は、後記別表四の減価償却の項に計上した。

(3) 事業所得金額 二三〇万六六七〇円

右(1)の売上金額、(2)の仕入金額及び一般経費、特別経費等を計上した収支計算は、別表四の被告主張額欄記載のとおりであり、したがつて、昭和三九年分の事業所得金額は二三〇万六六七〇円となる。

第四被告の所得金額算出根拠の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に対する認否

1  被告の主張2の(一)の事実は争う。

2  同(二)について

(1)の売上先及び売上金額についての認否は、別表一の原告主張額欄記載のとおりであり、(3)の事業専従者控除額は認めるが、その余の主張事実は争う。

3  同(三)について

(1)の売上先及び売上金額、(2)の仕入先及び仕入金額、並びに(3)の収支計算上の項目及び金額についての認否は、それぞれ別表二ないし四の原告主張額欄記載のとおりであり、その余の主張事実は争う。

二  被告の主張に対する反論

1  昭和三八年分の事業所得金額の算出について

原告は、被告の職員に売上先、仕入先及びその取引金額等を明示し、かつその資料を提出したのであるから、被告がこれを勝手に取捨(仕入及び営業経費については全面的に斥けている一方で、売上金額については後記(1)のように原告の申立てをもとにしている。)して推計により事業所得金額を算定して課税することは許されない。また、被告が用いた昭和三九年分の所得率(その数値自体合理性のないものであるが)による推計方法は、各年における売上金額に占める所得金額の割合が必ずしも同じであるとは考えられないから、その方法自体不合理である。

原告の昭和三八年の営業の実体(事業所後金額)は次のとおりである。

(一) 売上金額 二二八九万七四四七円

売上先、売上金額は、別表一の原告主張額欄記載のとおりである。

なお、右別表一の<5>の「その他」の売上金額には、同表の<1>ないし<4>の売上先に対する売上でこれに計上もれの分も含まれる(被告は、この「その他」を「特定の売上先」以外のものと独断して、「特定の売上先」については「調査資料」により申立額より金額を上げておきながら、「その他」は原告の申立てをもとにして売上金額を水増しさせている。)。

(二) 仕入金額 一四九五万一七五六円

仕入先、仕入金額は、別表五記載のとおりである。

(三) 右(一)の売上金額、(二)の仕入金額及び一般経費、特別経費等を計上した収支計算は、別表六記載のとおりであり、これによれば昭和三八年分の事業所得金額は三九万八三八七円となる。

更に、同年中には、次のような貸倒金がある。すなわち、前年に倒産した東和商事の引受けにかかる為替手形(額面総額一〇六万円支払期日昭和三七年五月ないし八月)の手形金債権は、同社社長の倒産の際の原告に対する再建後全額支払うとの約束にもかかわらず同三八年に至つて再建計画がざ折したため、その取立ての不能が確定的となつたものであるから、右同額を同年中の貸倒金として計上すべきであり、そうすると、同年分については、事業所得は大幅な赤字であつたことになる。

2  昭和三九年分の事業所得金額の算出について

昭和三九年分の事業所得金額は、原告が被告の職員に申し立てた数額並びに提出した資料によりこれを把握することができたのであるから、被告主張のごとき何らの根拠もない一部推定による(別表四の注一、二など)事業所得金額の算出は許されない。

原告の同年の営業の実態(事業所得金額)は次のとおりである。

(一) 売上金額 二四七七万八一一五円

売上先、売上金額は、別表二の原告主張額欄記載のとおりである。

なお、右別表二の<8>の「その他」の売上金額には、同表の<1>ないし<7>の売上先に対する売上でこれに計上もれの分も含まれる。

(二) 仕入金額 一四一〇万八九二〇円

仕入先、仕入金額は、別表三の原告主張額欄記載のとおりである。

(三) 右(一)の売上金額、(二)の仕入金額及び一般経費、特別経費等を計上した収支計算、別表四の原告主張額欄記載のとおり(ただし、後記貸倒金は、ここでは計上しないで計算する。)であり、これによれば昭和三九年分の事業所得金額は七二万一五六七円となる。

以上のほか、被告主張の建物減価償却費三万八八四〇円及び除却損五万五〇〇〇円を計上すれば、事業所得金額は六二万七七二七円となり、更に、これに後記貸倒金一六九万一四九五円を計上すると、原告の事業所得は大幅な赤字であつたことになる。

右貸倒金一六九万一四九五円の内訳は次のとおりであつて、被告が一一二万〇六九〇円しか認めないのは不当である。

(1) 約束手形不渡分 一四四万三三二〇円

次表の約束手形金債権は、昭和三九年中、いずれも取引先である振出人会社の倒産により回収不能となつた。

振出人

振出日(年・月・日)

支払期日(年・月・日)

金額(円)

<1>

東京山崎商事(株)

三九・二・一四

三九・五・八

八万七〇〇〇(注一)

<2>

七・一三

九万〇一三〇(注二)

<3>

八・一三

三〇万(注三)

<4>

八・一三

二〇万(注四)

<5>

八・一七

五八万(注五)

<6>

四・一五

八・一八

一八万六一九〇(注六)

合計

一四四万三三二〇

(注一) これは昭和三八年一二月中の売上に対する支払分である。

(注二) このうち、一万四七〇〇円は昭和三八年一二月二七日に対する支払分であり、残余の七万五四三〇は昭和三九年二月四日及び二一日の売上合計七万九四三〇円から同社の下職で組織されている山友会の会費一、二月分四〇〇〇円を差し引いた額である。

(注三、四及び六) これらは昭和三九年二月二五日から三月二一日までの売上合計六九万〇一九〇円から山友会費三、四月分四〇〇〇円を差し引いたものである。

(注五) これは、原告が、先に昭和三八年一一月中の売上に対する支払いとして、支払期日同三九年四月一〇日ころ、振出人同会社の約束手形額面六三万円の交付を受け、これを所持していたところ、同社に倒産のおそれが生じ、同社の債権者委員会において、同社振出しの手形の不渡りを防ぐために各債権者がその所持する手形の額面の大部分に相当する金額を出捐することとなり、原告もこれに基づき現金五八万円を同委員会に提供し、残額五万円を同社が支出して、右約束手形を決済したため、右現金五八万円を提供した際にその見返りとして同社から振出しを受けた約束手形である。

(2) 東京山崎商事株式会社に対する売掛金取立不能分 二四万八一七五円

次の売掛金債権はいずれも同社の倒産により回収不能となつた。

売上

金額(円)

<1>

昭和三九年三月二六日から同月三一日までの売上

一七万三二〇〇

<2>

同年四月一日から同月八日までの売上

七万四九七五

合計

二四万八一七五

第五原告の貸倒金(昭和三九年分)に関する主張に対する被告の答弁

一  「約束手形不渡分」について

<1>、<3>、<4>及び<6>の約束手形に関する(注)記載の事実は認める。注二のうち、<2>の約束手形の額面金額が山友会費四〇〇〇円を差し引いたものであることは認める。注五の事実は知らない。

二  「売掛金取立不能分」について

被告は、これにつき昭和三九年四月分の売掛金債権の回収不能として二五万七三七〇円を認めた

第六証拠<省略>

理由

一  請求の原因一の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、本件処分に原告主張のような違法事由があるか否かについて判断する。

二1  本件処分前の調査の違法性の有無

(一)  申告納税方式を採る所得税についても、当該調査の目的、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、暦年終了前又は確定申告期限経過前であつても質問検査が許されないわけではない。

これを本件についてみるに、被告が原告の昭和三九年分の所得税に関して法定の申告期限前に調査を行つたことは、当事者間に争いがないところ、証人矢部洋治、同淡島章一の各証言及び原告本人尋問の結果(第一回)によると、被告は、その管内を三つに区分して三年一巡方式により、主としていわゆる白色申告者に対して、事業の状況が過年分の申告にどのように反映されているかの概況を調査していたこと(以下これを「概況調査」という。)、右概況調査として、昭和三九年一一月ころ被告の職員が原告方に臨店して原告に事業の状況等を質問し、その結果、原告について、その取引先がダイアナ靴店及び山崎商店であり、右ダイアナ靴店に対する売上金額が同年一月から八月までの間に一〇〇〇万円以上あること、同年中に家屋を新築して一〇〇万円を支出していること、東京都から一四〇万円借り入れて毎月四万五〇〇〇円を返済していること、従業員が六名であること及び昭和三八、三九年の店の規模、営業状態がほぼ同じであることが判明したこと、被告は、以上判明した事実に、原告が昭和三八年分の総所得金額を五七万〇二五〇円と申告していること(このことは、当事者間に争いがない。)を照し合せて、同三九年分の所得金額を実績により把握するために申告期限前に調査を行う必要があるものと考え、同四〇年二月一七日に職員が原告宅に臨店して調査したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

そして、原告のようないわゆる白色申告者は、会計帳簿の作成保存が義務づけられていないところから、正確な帳簿書類に基づく適正な確定申告が必ずしも期待できるわけではなく、また、申告後は帳簿書類の保存がいつそうおろそかになり散逸しがちであることは避けられないから、確定申告を受ける課税庁側の資料として、予め、暦年中に事業の現況を把握し、帳簿書類の保存が比較的期待できる申告期限前に調査を行うことも、その必要があるものと解すべきであり、原告についての前認定の概況調査の結果と昭和三八年分の所得税の確定申告額とを併せ考えると、同年分の確定申告には、その適否について調査を要すると認めるべき相当の理由があり、したがつて、昭和三九年分についても、申告期限前に帳簿書類の提示を受けて事業の実態を知り、所得の実額を把握するために調査を行う必要があつたものということができる。

よつて、法定の申告期限前に行われた本件調査を違法とする原告の主張は失当というほかない。

(二)  そして、証人田島久照、同矢部洋治の各証言によると、原告の昭和三八、三九年分の所得税の確定申告書には、所得金額の記載があるのみで収入金額及び必要経費等の記載がなく、したがつて、確定申告書自体からは、申告の根拠を知り得ないのは勿論、申告が適正な収支実額の計算に基いてされたか否かも判明しなかつたこと、原告の確定申告にかかる昭和三九年分の所得金額が、被告が昭和四〇年二月に行つた原告に対する事前調査の結果により算出したそれと比較して過少であつたこと、また、右申告所得金額が原告と同規模、同程度の同業者のそれに比しても過少であつたことなどにより、更に調査を行う必要があるものと考えて爾后の本件調査を行つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、前記(一)に説示した事由と併せ考え、被告の質問検査権の行使には合理的必要性があつたというべきであり、この点に関する原告の主張は理由がない。

(三)  また、原告は、理由を開示しないで質問検査権を行使すること及び納税者本人に対する調査で目的を達しうるのに直ちに反面調査を行うことは違法であると主張するが、理由の開示は質問検査権行使の要件として税法上要請されておらず、また、本人に対する調査と反面調査の先後を定めた規定もなく、これらは、調査の目的に照し、当該職員の合理的裁量により適宜勘案決定しうるものと解すべきであるから、本件において、原告主張のように、理由の開示をすることなく税務調査を行い、また、原告に対する調査を打ち切つて取引先に対する反面調査を行つたとしても、これをもつて直ちに違法ということはできない。

2  本件調査及び本件処分の違法な目的の有無

原告は、被告が原告を調査対象に選定し本件処分を行つたのは、原告の加入する民主商工会の組織破壊を目的とするものであるから違法であると主張する。

原告が荒川民主商工会に加入していることは、当事者間に争いがないところ、証人菊地保、同中島隆治、同矢部洋治の各証言によると、荒川税務署においては、昭和四〇年ころ、民主商工会に加入する納税者など、税務調査に対して組織的に非協力の態度を示し、円滑な調査が必ずしも期待できないと思われる者に対する調査を一つの係に主に担当させて調査の促進に努めたこと、被告は、昭和四〇年七月及び九月に荒川民主商工会長宛に文書で被告の税務行政に協力するように警告したことが認められる。しかしながら、原告の昭和三八、三九年分の所得税に関し、調査の必要性が認められたことは前記認定のとおりであり、また、本件処分には後記認定のように実体上の根拠もあつたことにかんがみると、以上認定のような被告と荒川民主商工会との間の経緯があつたというだけでは、被告が民主商工会の組織破壊を目的としてその加入者である原告を調査対象に選定し、調査を行つて本件処分を行つたものということはできない。

よつて、この点に関する原告の主張も採用するに由ない。

3  推計課税の必要性の存否

原告は、本件は、原告が被告の職員に所得金額算定の基礎となる数額や資料を提示したのであるから、推計の方法によつて所得を算出することは許されない旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  証人田島久照の証言により真正に成立したものと認められる乙イの第一号証の二、証人淡島章一の証言により真正に成立したものと認められる乙ロの第五号証の二、証人田島久照、同淡島章一、同鈴木三郎の各証言を総合すると、被告の職員淡島章一は、昭和四〇年二月一七日、原告方を訪れ、原告に対し昭和三九年分の所得税の調査の協力方を申し入れたところ、原告は、主たる取引先のダイアナ靴店への納品書控え及び請求書控え、東京山崎商事の不渡手形及び雇人費として個人別支払明細の記載のある大学ノート二冊を提示したが、売上帳、仕入帳及び現金出納帳については未整理であるとして提示を拒んだこと、被告の職員田島久照は、昭和四〇年八月五日から同月末にかけて数回にわたり原告方を訪れ、原告ないし家人に対し昭和三八、三九年中の原告の営業内容、取引先等について質問し、帳簿書類の提示を求めたが、原告は、民主商工会会員の立会いを求め、同会員約一三名と同調して「申告のどこが誤つているか」などと反問して調査に対する協力を拒み、昭和三八年分に関しては関係帳簿書類は一切ないと答えて提示せず、同三九年分の所得税に関しては、売上金額について売上先別、月別に集計整理した一覧表及び必要経費の合計額を記載した表を提示し、貸倒金について一七〇万〇六四〇円ある旨申し立てたのみで、これらを裏付ける帳簿、原始記録等の提示はなかつたこと、そして原告は審査請求の審理において収支計算書を提出したが、これを裏付けるものとしての帳簿はなく、昭和三八年分については納品書、請求書等の原始記録の提示があつたが、収支実額を算定するに足るものではなく、同三九年分についてはほぼ十分な原始記録が提示されたが、たな卸金額についてこれを裏付けるに足る資料の提示はなかつたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

してみると、本件については、原告の事業所得金額の算定に当たり、収支計算に必要な帳簿、書類の備付け、保存が十分でないうえ、原告の協力が得られないため、原告の事業所得の実額を把握することが困難であつたということができる。したがつて、被告が本件について、原告の所得を算出するに当たり推計を用いたことは適法というべきである。

三  そこで、原告の本件係争各年分の事業所得金額について検討する。

1  昭和三九年分について

(一)  売上金額

(1) 被告主張の別表二記載の売上先、売上金額のうち、<1>、<3>及び<7>については全額、<2>、<4>ないし<6>及び総売上金額については、同表原告主張額欄記載の金額の限度で当事者間に争いがない。

(2) 同表<2>株式会社ダイアナ靴店に対する修理分の売上金額

前記乙イの第一号証の二、成立に争いのない乙ロの第一号証、証人田島久照の証言を総合すれば、次のように認められる。

右売上金額については三つの異なる数字を示すものがある。A 昭和四〇年八月六日当時被告税務署の係官であつた田島久照が原告方に臨店した際、同係官の求めにより原告が提示した取引先別、月別の売上金額の集計表(ただし、原告は、当時その根拠となつた帳簿あるいは原始記録などは何も提示しなかつたし、本訴においても原告主張額を裏付ける何らの資料も提出しない。)を同係官において写しとつてきた数字(乙イの第一号証の二の別紙一ー以下、A表という。本訴における原告主張額はこれに一致する。)、B その後右係官がダイアナ靴店について反面調査を行つた結果に基づいてまとめた売上調べ(ただし、その認定資料が何であるかは詳らかでない。乙イの第一号証の二の別紙三―以下、B表という。)及びC昭和四四年六月一四日付のダイアナ靴店代表取締役作成名義の取引高一覧表(乙ロの第一号証―以下、C資料という。月別取引金額は同社元帳と相違ない旨、「〆後金額」(証人鈴木三郎の証言に徴しても、同社と原告との取引は月の中途で締め切つていたことがうかがわれる。)は概算である旨の記載がある。)、以上三つのものがそれである。

右A、B表及びC資料を検討すると、一、一〇、一二月を除くその余の各月についてはそれらの金額は一致しており、いずれも相当の根拠のあるものであることを一応承認し得る。しかしながら、一方、本件において原告は、被告提出の右C資料の成立を認め、かつこれに記載された金額(その合計は原告主張額をこえることが明らかである。)についてその一部が誤りであるなどの格別の主張立証をしていない。そして、B表とC資料が一致しないのは、一月と一二月分についてであるが、右いずれについてもB表の金額はC資料のものより控え目になつていることが明らかである。

以上の諸点を総合勘案すれば、前記売上金額は、右B表により被告主張額のとおり一四二万一九五五円と認めて差し支えないものと考えられる。

(3) 同表<4>三馬製靴株式会社に対する売上金額

前記乙イの第一号証の二、成立に争いのない乙ロの第二号証、証人田島久照の証言を総合すれば、右売上金額は三六万一〇六五円と認められる。

(4) 同表<5>大奥製靴有限会社に対する売上金額

前記乙イの第一号証の二、証人田島久照の証言を総合すれば、右売上金額は九一万六六九五円と認められる。

(5) 同表<6>東京山崎商事株式会社に対する売上金額

前記乙イの第一号証の二、証人田島久照の証言によれば、昭和四〇年八月六日前記田島係官が原告方に臨店した際、原告が同係官に提示した取引先別、月別の売上金額の集計表中には、右会社について二月から四月まで合計一〇三万三六九〇円の売上があつた旨の記載があつた(ただし、原告はその根拠となつた帳簿あるいは原始記録などは何も提出しなかつた。)こと、そこで同係官は、右会社について取引金額の反面調査を行おうとしたが、当時右会社は既に倒産していて所在すら不明であつたので、右原告の申立額をもつて同係官の調査額としたことが認められる。

本訴における被告主張額は右田島係官の調査額(原告の申立額)に基づくものであることは明らかである。

そこで考えるのに、確かに、原告の右申立額は何ら客観的な帳簿書類等によつて裏付けられていることを確認できたものではない(審査請求の審理段階でその裏付けがとれたという証拠もない。)。しかし、納税者が税務職員の調査に応じて売上先、売上金額を明確な形で申述したという事実は、当該納税者に右申立てと同額の売上があつたことを推認せしめる有力な情況証拠である。しかも、売上金額ということになれば、明らかな計算違いなど特段の事情のない限り、納税者は控え目に申し立てることはあつても過大に申告するなどということは通常ありえないことである。そして、本件全証拠によつても、原告は審査請求の審理の段階においても前記申立額が過大であつたとの訂正を申し出た形跡は認められないのみならず、本訴において原告は右申立額を下回る金額を主張するに至つた事情がどこにあるのかそれについて何らの主張立証もしない。

以上の諸点を総合勘案すれば、本件においては、原告の申立額である一〇三万三六九〇円をもつて前記売上金額と認めて差し支えないものと考えられる。

(6) 同表<8>その他の売上金額について

証人鈴木三郎の証言によれば、審査請求の審理の際に、原告は、担当協議官鈴木三郎に対し、売上先として、ダイアナ靴店、村井商事、三馬製靴、大奥製靴及び東京山崎商事の名を挙げ、その取引金額を述べたほか、それ以外にも知人等に対する売上が「大体六〇万円くらい」あると申し述べたので、同協議官において更に調査したところ、三馬製靴及び大奥製靴に対する売上金額につき、原告申立額よりも二社合計約一六万円多い金額が認定され、また、原告が同協議官に明示しなかつた篠崎商店に対する売上金額四五万三三〇〇円を特定区別し得ると考えられたほかは、他に取引先、取引金額を確認できなかつたため、同協議官は、三馬製靴及び大奥製靴に対する売上金額は原告申立額をこえる金額を認定し、かつ、原告が自ら名を挙げた売上先以外に対する売上として六〇万円あるものと認め、これから右篠崎商店に対する売上金額を差し引いた金額一四万六七〇〇円をもつて「その他」売上先の判明しないものに対する売上金額としたというのである。

本訴における被告主張額は右鈴木協議官の認定額に基づくものであることが明らかである。

そして、別表二の<1>ないし<7>以外にも売上先があつたことは本訴において原告の否定しないところであるが、原告は、原告申立の「その他」の金額は、原告が売上先名を挙げたダイアナ靴店等に対する売上でそれらに対する売上として計上もれの分を含む金額であると主張し、原告本人尋問の結果(第一回)中には、右主張にそう供述があり、必ずしも完全でない証憑書類による売上先別金額の集計方法として、右原告主張のごとき方法がとられることも経験則上あり得ないわけではない。一方、前記原告の右協議官に対する申述は、右鈴木証言によつても「大体六〇万円くらい」というばく然としたものであつて、同証言以外に原告が自認した内容及びそれが行われた状況を明確に確認できる証拠はないのであつて、同証言にあらわれた程度の原告の申述の事実から被告主張額のような売上金額を推認することは、根拠薄弱の感を免れない。したがつて、具体的な金額を明らかにすることができない以上、被告主張の「その他」の売上金額はこれを認めるに由ないものといわざるをえない(なお、同表<1>ないし<7>の売上先に対する被告主張の売上金額を合計すると、原告主張の売上総額(すなわち当事者間に争いのない金額)をこえるから、原告主張のその他の売上金額について自白の効力の及ぶものはないことになる。)。

<7> 以上のとおりであるから、原告の売上金額は、合計二四七九万五二九〇円となる。

(二)  仕入金額 一三六一万四九四〇円

(1) 原告主張の別表三記載の仕入先、仕入金額のうち、<2>、<4>ないし<9>、<11>、<12>、<14>及び<15>については全額、<1>、<3>、<10>、<13>、<16>ないし<18>及び仕入総額については同表被告主張額欄記載の金額の限度で当事者間に争いがない。

(2) 原告は、同表<1>、<3>、<10>、<13>、<16>ないし<18>の仕入先及び仕入総額について被告の是認額をこえる金額の仕入があつた旨主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠は何もない。

(3) したがつて、仕入金額は仕入総額について争いのない限度一三六一万四九四〇円となる。

(三)  売上原価 一三六一万四九四〇円

(1) 一般に、営業の業態、事業規模が同じであれば、その期中に仕入数量、仕入価額の変動があるとか在庫整理のために特別な販売をするとかの特段の事情のない限り、在庫品は、期間を通じてみれば、ほぼ一定額を維持しているものと考えるのが経験則に合致するところである。

そして、本件弁論の全趣旨によれば、昭和三八年、三九年を通じて原告の営業の業態、事業規模に格別の変化のなかつたことを認めることができる。すなわち、売上金額においても大差なく、別表四と同六とを比較して明らかなように、原告の主張自体によつても、三九年中に特に雇人の数を減じたりあるいは外注を減じて生産を押えたことを示すような数字はあらわれていない。

(2) 原告は、昭和三九年分の期首、期末たな卸金額につき、別表四の<2>及び<4>の原告主張額欄記載のとおり主張するが、そのようなたな卸金額を確認するに足りる証拠はない。原告本人尋問の結果(第一、二回)中には、昭和三八年末には売上が伸びなやんで大量に在庫をかかえていたが、同三九年において思いきつて売値を下げたところ異常に売上が伸びて在庫が減り、実際にたな卸したところ、約二分の一に減じていた旨の供述があるけれども、同供述部分は、具体的数額に基づかない抽象的な供述にすぎないのみならず、在庫の内容につき原告代理人の細部の質問にも明確に答えられないあいまいさがあり、他にこれを裏付けるに足りる何らの証拠もなく、成立に争いのない乙ロの第六号証、証人鈴木三郎の証言に徴すると、とうてい信用するに足りないものというほかない。

(3) したがつて、他に前記特段の事情を認めるべき何らの証拠もない本件においては、三九年の期首、期末たな卸額を同額と推定し、同年中の仕入金額をもつて売上原価とした被告の推計計算は、合理的であつて、是認することができる。

(四)  一般経費 八〇万一七二一円

(1) 原告主張の別表四記載の一般経費の費目及び金額のうち、<7>の<イ>、<ロ>、<ト>、<ヌ>、<ヲ>、<ワ>については全額、<ハ>ないし<ヘ>、<チ>、<リ>、<ル>、<カ>、<タ>及び一般経費総額については、同表被告主張額欄記載の金額の限度で当事者間に争いがない。

(2) 同表<7>の<ハ>水道光熱費、<ニ>旅費通信費、<ル>新聞図書費について

証人鈴木三郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、水道光熱費の電気・ガス・水道料金については、原告の申立額につき、電気料金については家事用と事業用との電力の消費割合を一対三とみてその四分の三を経費と認めたこと、ガス・水道料金については、原告方の作業場では直接ガスや水を使用していないが、お茶を飲んだり、夏場雇人らが体を洗つたりするという原告の申立てを斟酌して、ガス料金についてはその四分の一を、水道料金についてはその二分の一を経費と認めたこと、また、旅費通信費のうち電話料金については、領収証で確認した金額の十分の一を家事に使用したものとして否認し、新聞図書費のうちNHK受信料については、原告方の作業場にはテレビはないが、昼休みなど雇人らが自宅のテレビを見にくるという原告の申立てを容れてその二分の一を経費として認めたこと、以上の事実が認められる。

右事実によれば、被告の右各料金の案分には一応の根拠が認められるところ、原告は、その基礎となつた料金の認定や案分割合が不合理であるなどの格別の主張立証をせず、各費目について他に被告是認額をこえる支出の存在を認めさせるに足りる何の資料も提出しない。

結局、前記各費目については被告是認額をこえる経費の存在を認めるに足りる証拠はない。

(3) 同表<7>の(ヨ)研究費について

原告は、研究費と称して別表四注一〇のとおり六万円を支出した旨主張し、原告本人尋問の結果(第一回)中にはこれにそう供述部分もあるが、他に裏付けとなる何の資料も提出されない以上、抽象的に研究費として認めるべきものがあり得ることは考えられても、現実にそのとおりの支出があつたかどうかにわかに信用することもできず、この程度の立証ではまだ原告主張のような金額の支出があつたことを認めるには至らない。

(4) その他同表<7>の<ホ>、<ヘ>、<チ>、<リ>、<カ>、<タ>の各費目について

原告は、右各費目について被告の是認額をこえる金額の、経費として認められるべき支出があることを主張するが、その計算根拠を認めるに足りる証拠は何もないから、とうてい採用することはできない。

(5) したがつて、一般経費は、八〇万一七二一円となる。

(五)  特別経費 七四一万二四七六円

(1) 雇人費(外注加工費を含む)七二三万七四九七円

原告主張の別表四<9>記載の雇人費は、次の理由によつて七二三万七四九七円の限度で当事者間に争いがないものというべきである。

すなわち、本件において、被告は、当初第四回口頭弁論期日において右雇人費を七二三万七四九七円と主張していたが、その後第一一回口頭弁論期日において右金額を別表四<9>被告主張額欄記載のとおり六八三万六六九〇円と減額変更したこと、原告は、既に第七回口頭弁論期日において雇人費を本訴主張額のとおり主張し、右被告の主張の変更に対し、第一三回口頭弁論期日において、そのような主張金額の変更は許されない旨を述べていることが明らかである。

思うに、被告の右雇人費の主張は、所得金額算出の根拠を明らかにするために行われたものであつて、所得の過大認定が争われている本訴において、雇人費の金額は明らかに被告に不利益な事実の陳述となるものである。そして、前記乙ロの第五号証の二、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙ロの第五号証の一及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、当初の被告主張額は裁決で是認されていた金額であるところ、被告は、これを本訴でも援用した後、本件処分前の調査担当者である淡島章一事務官が昭和四〇年二月一七日原告方に対する臨店調査の際、原告から提示を受けた大学ノートから転記してした雇人費の調査金額(それ自体推計を含むものであつて真実といいうる程のものではない。)を主張するに至つたものであることを認め得るのであつて、右淡島事務官の調査事績は、その調査直後から被告の熟知するところであつたはずのものである。

したがつて、被告の前記主張金額の変更(自己に不利益な陳述の一部撤回)は、さきの陳述が錯誤に基づくものではないことが明らかであるから、許されないものというべきである。

原告は、前記争いのない金額をこえる雇人費を主張するが、雇人費がそのような金額にのぼることを認めるに足りる証拠はない。

(2) その他別表四の<10>ないし<13>について

同表<11>地代については当事者間に争いがなく、同表<10>建物減価償却費、<12>除却損については、原告は、被告主張額をこえるものがあるとの格別の主張立証をしない。

同表<13>利子については、被告主張額(六万六五四〇円)の限度で当事者間に争いがなく、証人鈴木三郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は銀行からの借入金によつて住居兼工場一棟を改築し、その利子を支払つていたが、右改築建物の住居と工場の面積割合は一対二と認められたので、支払利子のうち三分の二を事業用の必要経費とし、手形割引料については申出の全額を是認したものであることが認められるところ、原告は、右割合が不合理であるなどの格別の主張立証をせず、他に前記被告の是認額をこえる支払利子があつたことを認めるに足りる証拠は何もない。

(3) 以上のとおりであるから、特別経費は七四一万二四七六円となる。

(六)  差引所得金額 二九六万六一五三円

そうすると、昭和三九年分の貸倒金、事業専従者控除額を控除する以前の差引所得金額は、前記(一)の売上金額から前記(三)の売上原価、(四)の一般経費及び(五)の特別経費を差し引いた金額である二九六万六一五三円となる。

(七)  貸倒金 一六九万一四九五円

(1) 原告主張の貸倒金は、うち一一二万〇六九〇円について当事者間に争いがない。

そして、前記乙イの第一号証の二、証人田島久照、同鈴木三郎の各証言及び口頭弁論の全趣旨に徴すると、本件において被告は、原告主張の貸倒金のうち、東京山崎商事株式会社振出にかかる額面五八万円の約束手形(支払期日昭和三九年八月一七日)に関するものを争つているに過ぎないものであることが明らかであるので、以下これについて判断する。

(2) 原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したものと認められる甲ロの第二号証の五、同第三号証、同第四号証の一、二、原告本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、原告が、先に、取引先である東京山崎商事から売掛金の支払いとして振出交付を受けていた支払期日昭和三九年四月一〇日ころ、額面六三万円の約束手形を自己の仕入代金の支払いとして他に裏書譲渡していたところ、東京山崎商事が同年四月初めころ営業不振のため手形の決済が困難となり、不渡りのおそれが出てきたため、急きよ同社の債権者らにおいて善後策を協議した結果、とりあえず、支払期日の迫つている手形の不渡りを切り抜ければ同社の再建の見通しも立つとの見込みの下に再建委員会を組織し、各債権者が同社から振出交付を受けていた手形についてその決済資金を援助することとなり、原告も債権者の一人として前記額面六三万円の約束手形の決済資金の一部として四月七日と一〇日の二回にわたり合計五八万円を前記再建委員会に預託し、東京山崎商事において残余の五万円を出して右手形を決済したので、原告は、そのころ、右出捐の見返りとして東京山崎商事から支払期日昭和三九年八月一七日、額面五八万円の約束手形一通の振出交付を受けたが、その後間もなく東京山崎商事が倒産したため、結局、実質的にみれば、同年中、前記六三万円の売掛金債権は五万円が弁済されたのみで、残余の五八万円についてはついに回収不能の事態となつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

してみると、前記五八万円の手形に関する原告の貸倒れの主張は理由があるものということができる。

(3) したがつて、昭和三九年分の原告主張の貸倒金一六九万一四九五円は全額これを是認すべきものである。

(八)  事業専従者控除額 八万六三〇〇円

右の点は当事者間に争いがない。

(九)  事業所得金額 一一八万八三五八円

したがつて、原告の昭和三九年分の事業所得金額は、前記(六)の差引所得金額から前記(七)の貸倒金及び(八)の事業専従者控除額を差し引いた金額である一一八万八三五八円となる。

2  昭和三八年分について

(一)  売上金額 二二八九万七四四七円

(1) 被告主張の別表一記載の売上先、売上金額のうち、<2>ないし<4>については全額、<1>及び総売上金額については同表原告主張額欄記載の金額の限度で当事者間に争いがない。

(2) 同表<1>ダイアナ靴店に対する販売分の売上金額

証人鈴木三郎の証言によれば、被告主張の右会社に対する販売分売上金額は、本件処分の審査請求事案を担当した鈴木協議官が直接同会社に出向いて調査したところによることが認められる。

しかしながら、いうまでもなく、第三者間の過去の年間における取引金額などは、その取引の外にあつた証人が直接これを体験的に報告できる事柄ではないのであるから、その認定の根拠となつた資料あるいは客観的にその認定額を裏付けるに足りる他の資料の提出は不可欠のものであるところ、本件において、鈴木協議官がどのような資料に基づき、どのように計算してその売上金額を認定したものか、その計算が正しく行われたものかどうか、これを裁判所において確認できる証拠は何もない。

結局、本件においては、前記当事者間に争いのない金額(一七三〇万〇〇四五円)をこえる売上があつたことを認めるに足りる証拠はない。

(3) したがつて、売上金額は総売上金額について争いのない限度二二八九万七四四七円となる。

(二)  所得金額 二七三万八五三四円

前記のとおり、原告の営業の業態、事業規模は、昭和三八年、三九年を通じて格別の変化はなかつたものと認められるから、昭和三九年分の所得率(前記1の(一)の売上金額から売上原価及び営業経費を差し引いた同(六)の金額の右売上金額に対する割合)によつて、昭和三八年分の所得金額を推計する方法には合理性があるというべきである。

右所得率が〇・一一九六(小数点五位以下切り捨て)であること計算上明らかであるから、これを前記(一)の売上金額二二八九万七四四七円に乗じて、所得金額を算出すると、二七三万八五三四円(円未満切り捨て)となる。

なお、原告は、昭和三八年中の仕入先及び仕入金額、期首期末たな卸金額、一般経費及び特別経費等について別表五、六記載のとおり主張するが、そのような主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  貸倒金について

原告は、東和商事有限会社の引受けにかかる額面一〇六万円の為替手形金債権の回収不能が確定したのは昭和三八年中のことであるから、右金額を同年中の貸倒金として事業所得金額の計算上控除すべきであると主張する。

しかし、成立に争いのない乙イの第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙イの第二号証、同ロの第八号証及び原告本人尋問の結果(第一、二回)の一部を総合すると、東和商事は、昭和三七年五月初めころ手形を不渡りにして倒産したため、債権者一同が集つて同社の売掛金の回収、在庫品の処分を行い、配当率を定めて分配し、残余の債権は全部これを放棄したこと、そこで同社は同月一五日社員総会において解散を決議し、同月一七日その旨登記したことが認められ、原告本人尋問の結果中には、右会社の代表者であつた三田村は、原告に対し前記債権は何らかの形で少しずつでも返済したい旨述べていたから、同年中にはまだ債権回収の見込みがあつたかのような供述部分があるが、前掲各証拠に対比してとうてい信用できず、他に前示認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告主張の手形金債権の回収不能は昭和三七年中に確定したものというべきであつて、これを三八年分の事業所得金額の計算上控除することはできないといわなければならない。

(四)  事業専従者控除額 七万三七五〇円

右の点は当事者間に争いがない。

(五)  事業所得金額 二六六万四七八四円

以上のとおりであるから、原告の昭和三八年分の事業所得金額は二六六万四七八四円となる。

四  そうすると、昭和三八年分の総所得金額は、前記三の2の(五)の事業所得金額二六六万四七八四円に当事者間に争いのない配当所得金額一四万四〇〇〇円を加えた二八〇万八七八四円であつて、更正の総所得金額二七四万七八五二円を上回ることが明らかであるから、三八年更正及び決定に原告主張の違法はないが、昭和三九年分の総所得金額は、前記三の1の(九)の事業所得金額一一八万八三五八円に当事者間に争いのない配当所得金額一七万四〇〇〇円及び譲渡所得金額△五万七九三〇日を加えた一三〇万四四二八円であつて、三九年更正及び決定は、右金額をこえる総所得金額の限度において所得を過大に認定した違法がある。

五  よつて、原告の本訴請求中、三九年更正及び決定のうち総所得金額一三〇万四四二八円をこえる部分の取消しを求める部分は理由があるから認容し、その余の部分並びに三八年更正及び決定の取消しを求める部分はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 石川善則 吉戒修一)

別表<省略>

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